名古屋高等裁判所 昭和29年(う)7号 判決 1954年3月29日
控訴人 被告人 落谷清一
弁護人 富田博
検察官 神野嘉直
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は弁護人富田博の控訴趣意書に記載されている通りであるから之を引用するが之に対する当裁判所の判断は次の通りである。
控訴趣意第一点事実誤認の論旨について
然れども贓物牙保罪の成立するがためには犯人が贓物たるの情を知りながら他人のためにこれが売却の仲介斡旋の労を尽したといふ事実があれば即ち足るものであつて右仲介斡旋をするため犯人が自ら該贓物の交付を受けたか否かは毫も同罪の成否に消長を来すものではないと解するを相当とする。本件において原判決の挙示引用する各証拠の内容を仔細に調査検討すれば被告人は坂井義和より同人の知人が他より窃取してきたものであるという事情を打明けられた上銅線八貫匁位の売却の仲介斡旋方の依頼を受けてこれを承諾し同人と共に右贓物の一部である長さ三尺重さ四、五貫匁位を見本として携行の上原判示の如く前田芳太郎方に赴き同人に対し該見本を呈示してこれが買入方を申込み以て坂井義和のために仲介斡旋の労を採つたといふ事実を肯認するに十分であつて所論の如くその際被告人が贓物の全部を自ら交付を受けたと認むべき積極的な資料は存在しないけれども被告人の前記所為は特に贓物牙保罪の実行正犯に該当し同罪の成立を否定し得べきものでないと同時にその所為は所論の如く坂井義和の贓物牙保を幇助したものであると目すべきものでないこと極めて明白である。
畢竟原判決のこの点に関する事実認定には所論の如き誤認は更になく論旨は到底採用し得ない。
同趣意第二点量刑不当の論旨について
本件記録に顕はれたすべての証拠を仔細に検討するに本件各犯行の動機、態様、犯罪の回数、被告人の前科、経歴、家庭の状況、資産状態その他諸般の情状に鑑みれば所論の情状を斟酌しても被告人に対する原審の量刑が不当であると思料すべき事由を認め得ないから此の点に関する論旨も理由がない。
原判決には他に破棄すべき事由がなく本件控訴はその理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条を適用して之を棄却することとする。
よつて主文の通り判決する。
(裁判長裁判官 鷲見勇平 裁判官 小林登一 裁判官 栗田源蔵)
弁護人富田博の控訴趣意
第一点原判決は重大な事実の誤認をされており破棄を免れないものと思料する。即ち判示第二において「被告人は昭和二十八年八月三日頃坂井義和から同人の知人が他から窃取して来たものである事を知り乍ら銅線八貫匁位の売却斡旋方の依頼を受け同日之を豊川市下長山町中屋敷一六七番地前田芳太郎方に於て同人に対し売却する周旋をして贓物の牙保をなし」と認定されその証拠として証人坂井義和、前田芳太郎の証言、被告人の供述等を援用されたところが右証拠等によれば被告人が坂井より銅線八貫匁位の交付を受けた証拠はないものと考える。抑々贓物罪の処罰の目的は被害者の物の回復を困難ならしむることを防止するにあるから単に契約だけを以て足れりとしないで必ず物の授受が必要であることは学説判例(大正十二年一月二十五日刑二判刑集二巻二一頁、昭和十四年十二月二十二日刑三判刑集一八巻五七五頁)の等しく認めるところである。従つて贓物牙保罪においても贓物の交付を受けその処分の周旋を為すことを必要とするのに拘らず、本件においては被告人落合清一が坂井より贓物の交付を受けたと認めるべき証拠は全然ない。従つて贓物牙保と云うべき事案ではないのに之を贓物牙保と認定された原判決は重大な事実の誤認をされており破棄を免れないものと思料する。仮りに契約説を採られ贓物罪においては贓物の交付を必要なしとなされ或は被告人が坂井と同道して前田方に赴いた時之を以て贓物の交付ありと認められたとしてもその時は窃盗罪を犯した権田、更に権田より売却の斡旋を依頼された坂井も共に前田方に行つたのであり而も被告人が行くについては権田と坂井が新城より自動車で豊川に来たり偶然道で被告人を見かけたのでいやがるのを無理に頼んで前田方に案内させた次第である。前田と話をしたのを前田は恰も被告人が主のようにいうが前田は被告人を知つており坂井を知らないためそういう言い方をするだけで前田の前へは坂井も被告人も相共に行つているのでありかかる事情から見れば坂井が贓物牙保の本犯、被告人は坂井から頼まれそのお手伝いをしたのに過ぎず当然贓物牙保の幇助と見るべきが至当である。然るにかかる認定をされず被告人の所為に対し贓物牙保の認定をされた原判決は重大な事実の誤認をされており破棄を免れないものと思料する。
第二点被告人に対する原判決は刑の量定重きに過ぎ破棄されるべきものと考える。その理由は一、被告人は本件において一文の利得もしておらず被害者亦現在は実害はない。判示第一の横領の点は菅沼久三雄作成の上申書記載の如く被告人の母の依頼により三浦氏が被告人の勾留中立替をして弁償したので被害者は自分で質屋より品物を受出して品物は返し実害はなく質屋も質代金を受領しており三者円満示談解決して被告人は利得を吐き出している事情にある。判示第二の贓物牙保の件についても被告人は一文の利得もしておらず品物は被害者に返還されており以上何れも何等利得していない点は十分御斟酌賜わりたく更に第一の被害者菅沼久三雄は処罰を希望していない事情にありこの点おくみとり願いたい。二、公平の見地よりも被告人の御量刑は重きに過ぎるものと考える。被告人は前科二犯の経歴の持主であることは誠に残念であるが判示第二の贓物牙保の本犯である坂井義和も原審公廷における同人の証言を見ても明らかなように前科のある身でありながらこの件について何等の処罰も受けなかつた。決して坂井の処罰を希望するというわけではなく坂井について処罰をされないのなら被告人に対しても坂井同様の御処置を賜わりたいとお願いする次第である。次の覚せい剤の件についても行為そのものは誠に残念な次第であるが同様御取調べを受けた被告人以上の数を扱つた者等が何れも罰金刑に処せられ体刑を求刑されたものは一人もないことは何卒被告人についても同様是非軽い御判決をお願いする次第である。覚せい剤については之の使用が犯罪を誘因するおそれあることは残念であるが飽く迄も所持者よりは製造業者こそ厳罰に処せられるべきものと考える。三、被告人は今や改悛し今後は再犯のおそれはないものと考える。被告人も若気の至りで今回が三度目の間違いであり既に満二十四才を超え相当分別も出来いつ迄も従来のような生活をしていてはならないと深く反省しているので今後は十分自重するものと考えられ何卒御考慮賜わりたい。斯かる事情がありますので何卒被告人に対し諸事情御参酌の上軽い御判決を賜わりたくお願いする次第であります。